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×雑記:朝日vs産経 社説バトルまとめ

少し前に画像庫で触れたが、朝日新聞と産経新聞が4月6日から10日までの間に社説で激しくやりあった。発端は、朝日新聞が紙面上で扶桑社出版の「つくる会」歴史教科書を批判したことから始まる。これに産経新聞が抗議、さらにそれに朝日が抗議、という形で、最終的に計5回ものやりとりが全国紙の紙面上で行われたのだ。
まずは、各社説の題でその変遷を見てみよう。

4月6日 朝日
こんな教科書でいいのか


4月7日 産経
教科書問題 驚かされた朝日新聞社説


4月8日 朝日
こちらこそ驚いた


4月9日 産経
朝日社説 本質そらしてはいけない


4月10日 朝日
産経社説 「封殺」の意味をご存知か


一連の流れはこれで大体わかると思うが、朝日がつくる会教科書を批判したことを産経が批判、それに対して朝日が言い訳、産経が本質をそらすなと批判、で、最後に朝日が言葉尻を捕らえて批判、という感じだ。では次に、各社説の一部を抜粋してみよう。

4月6日 朝日新聞社説

 歴史教科書では、日本武尊の神話に2㌻を割いていたが、今回は
 なくなった。特攻隊員の遺書も消えた。前文を載せていた教育
 勅語も一部の要約になった。しかし、天皇の重陽は変わらない。
 実在するかどうかわからない神武天皇の東征が1㌻も書かれて
 いる。何よりも問題なのは、光と影のある近現代史を日本に
 都合よく見ようとする歴史観が貫かれていることだ。


まずは朝日の批判文から。つくる会の教科書が他の教科書を違い、右傾化した教科書であるということを非難。4年前のものよりましになった部分は認めつつも、以下で光の部分を強調していることを具体的に例を出して批判している。

 

今回、「アジアの人々を奮い立たせた日本の行動」「日本を解放
 軍としてむかえたインドネシアの人々」という囲み記事が新たに
 登場した。日本が占領した地域の代表者らを集めた「大東亜
 会議」もくわしく説明している。一方で、中国への侵略、朝鮮
 半島の植民地支配については後ろ向きだ。沖縄戦についても、
 ひめゆり部隊や集団自決などの悲劇には一言も触れていない。
 検定で修正されたものの、当初、満州国は関東軍だけでなく
 「現地人政治家」も加わって建国されたとなっていた。韓国併合
 についても、一部に併合を受け入れる声もあった、と書かれて
 いた。検定意見を受けて修正された場所は、近代以降の近隣諸国
 との関係を中心に、124箇所にのぼった。


ここで事実関係について述べるのはやめておく。実際にそういうことがあったのなら子供たちにも正しく教えることが責務だと思うが、朝日は上記の事項が事実かどうかよりも、それを子供に教えること自体に問題があると考えているようだからだ。

 

竹島について、『つくる会』の公民教科書は当初、『韓国とわが
 国で領有権をめぐって対立している』と書いていた。それが検定
 の結果、『韓国が不法占拠している』に修正された。
 政府見解の通りにしなければ合格しないからだが、検定で
 そこまで求める必要があるのだろうか。これでは、国定教科書と
 差がなくなる。『検閲』ではなく、事実や通説との違いを直す
 役割に徹する。検定は、本来そうしたものであるべきだ。


今度は竹島の表記に対しての批判。こちらは先のものとは少し違い政府の検定を批判している。竹島を韓国が不法占拠していることは国際法上間違いのないことなのだが、朝日は気に入らないらしい。『領有権をめぐって対立』では、本当の領有権がどちらにあるかわからなくなるのではないかということさえ、わからないようだ。
ここで押さえておきたいのは、朝日が検定システムを厳しすぎるものだと批判していることだ。竹島の問題に関しては検定が厳しいとし、一方で検定を合格したつくる会教科書の124箇所の修正は肯定的に捕らえている。二重基準とまではいかないが、やや矛盾しているように思える。これを産経が捕らえて批判するのが翌日。

4月7日 産経新聞主張

 朝日新聞の六日付社説「こんな教科書でいいのか」を読んで、
 驚かされた。これでは、特定の教科書を排除し、自由な言論を
 封殺するものといえる。


これが、この主張を通して産経が朝日に言いたいことの全て。

 

今回、検定合格した中学社会科教科書は、扶桑社の教科書だけ
 ではない。全部で八社である。これから八月末まで五カ月間、
 全国の教育委員会で、教科書を選定するための採択に向けた
 作業が行われる。その時期に、一社だけを狙い撃ちするような
 社説は、教育委員に不必要な予断を与えかねない。
 朝日新聞は四年前の前回採択でも、扶桑社を集中攻撃した。
 平成十三年四月四日付社説「やはり、ふさわしくない」で、
 「戦争を日本に都合よく見ようとする偏狭さ」「戦前の国定
 教科書と見まがうほどだ」などと批判し、六月二十八日付社説
 「過去と対話する歴史を」でも、「私たちは、この教科書は教室
 で使うには、ふさわしくないと考えます」と扶桑社教科書の
 不採択運動を助長した。


これらの朝日の行為をもって、産経は『言論の封殺』としている。確かに、教科書検定後から各教育委員会が教科書を選定する間の期間に、特定の1教科書を取り上げて全国紙面上で大々的に批判する行為は、その教科書の使用を妨げ、社会的に亡き者にしようとする意図を明確に持った上でのものと言える。これは特定の思想を“封じ込めて殺す”ものだと言って差し支えないのではないか。
だが、ここで一つ問題となるのが、これが一般の書籍ではなく、教科書であるという点だ。教科書は一般の書籍とは違い、社会に対する影響がとても大きい。そのため、特定の問題のある思想や間違った物の見方などを排除する為に検定が行われるのである。
検定をクリアした教科書に対してそれを排斥しようとする行動を起こすことは、言論の封殺と捉えられても致し方のないことだ。

 

検定合格した八社の教科書には、朝日新聞の論調に近い教科書
 もあれば、そうでない教科書もある。いろんな教科書があって
 いいし、また、そうあるべきだ。それらを教育委員らが読み
 比べ、子供たちに最も良いと思われる教科書を選ぶのが採択で
 ある。そのためには、外国の圧力や国内の特定政治勢力の妨害
 に左右されない静かな環境が必要である。すでに、中国と韓国
 が朝日新聞に同調し、扶桑社非難を始めている。両国の内政
 干渉こそ、排除されるべきである。


と、最後に朝日と中韓の関係性を匂わせつつ、諭すような論調で反論の主張を締めくくった。次に、それに対する朝日の社説を見てみよう。

4月8日 朝日新聞社説

 

朝日新聞はこれまで「検定はできるだけ控えめにすべきだ」
 「教科書は多様なほうがよい」と主張してきた。その考えは
 いまも変わらない。それでも、「つくる会」の歴史教科書を取り
 上げて批判したのは、やはり教室で使うにはふさわしくない、
 と考えざるをえなかったからだ。戦後の日本は、戦争や植民地
 支配でアジアと日本の民衆に大きな犠牲を強いたことを反省して
 出発したはずである。過去にきちんと向き合い、そのうえで周り
 の国々と未来を志向した関係を築いていく。
 それが日本のあるべき姿だろう。


いつ朝日が「教科書は多様なほうがよい」と主張したのかは記憶にないが、おためごかしの綺麗ごとはもういい。「教科書は多様なほうがよい―が自分たちの論調に合わない教科書は使うな」では完全なダブルスタンダードだ。教室で使うにふさわしいとされたから検定を合格したのであって、それ以降は現場の教育委員の判断にゆだねられるべきだ。決して全国紙の影響力を持って、教科書の採用を妨害してよいものではない。日本のあるべき姿を想像するのは勝手だが、それを押し付けてよいものではない。

 

「つくる会」の教科書は、子供たちが日本に誇りを持てるように
 したいと願う余りだろうが、歴史の光の面を強調しすぎて、
 影の面をおざなりにしている。その落差が他社の教科書に比べて
 際立ち、バランスを欠いているのだ。だれでも自分の国を大切に
 思う気持ちに変わりはない。しかし、同時に他国の人たちに
 十分目配りをしなくてはならない。そうでなければ、正しい歴史
 を次の世代に伝えることにはならない。
 私たちが批判したのはそのことである。


ここでバランス批判再び。多様な教科書を認めながら、他とは違う教科書を批判するという行為が如何に矛盾に満ちて滑稽か、いい加減に気づいたほうがいい。そして後半部。他国の人たちへの目配りと、正しい歴史を伝えることは全くの別物だ。正しい歴史というのは他国への配慮とは全く別の部分にある。当然、自国への誇り云々とも。そんなこともわからないのだろうか、朝日の記者は。

 

産経新聞が「つくる会」の教科書を後押ししたい気持ちはよく分
 かる。発行元の不走者は産経新聞と同じフジサンケイグループに
 属しているのだ。それどころか、産経新聞は98年1月の社説で
 「新聞社が教科書づくりにかかわるのは初めての挑戦であるが、
 『つくる会』ともども、読者および国民の支援を仰ぎ、また批判
 も受けたい」と書いていた。「つくる会」が教科書づくりを始め
 たころのことだ。自らがかかわっている教科書を自社の紙面で
 宣伝してきたと言われても仕方あるまい。


出た、必殺話題逸らし。この部分については産経の再反論に載っているので、ここでは置いておこう。それでは産経の再反論。

4月9日 産経新聞主張

 

朝日新聞の八日付社説「こちらこそ驚いた」には、重ねて驚かさ
 れた。例によって論点をすり替え、疑問に答えていないからだ。


『例によって』がミソ。

 

多様な教科書が必要だとすることと、特定教科書を排除すること
 は矛盾する。朝日はいつから二重基準を持つようになったのか。
 日本の教科書は中国や韓国の国定教科書と違い、複数の教科書
 の中から、各地の教育委員がふさわしいと判断する教科書を
 選ぶ仕組みである。多くの選択肢が保障されていることに、
 日本の教科書採択制度の本質がある。


『中国や韓国の特定教科書と違い』という部分でちくりと刺しつつ
朝日の二重基準を批判。

 

また、八日付朝日社説は、産経の平成十年一月九日付主張を取
 り上げ、「自らがかかわっている教科書を自社の紙面で宣伝して
 きたと言われても仕方あるまい」と書いている。完全な事実誤認
 であり、読者のために朝日が指摘した問題に答えたい。当初は、
 産経が教科書を発行し、扶桑社が発売する予定だったが、十一年
 の旧文部省の指導で、発行と発売が扶桑社に一本化された。
 それ以降、産経は教科書の編集に一切かかわっていない。


話題逸らしのための指摘にもとりあえず答える産経。この辺は少し怪しいようだが、朝日の教科書批判とは関係がないことは確かだ。

最後に、朝日の反論。

4月10日 朝日新聞社説

 

重ねての筋違いな批判には驚くしかない。もう一度だけ反論して
 おきたい。 検定に合格した8社の中学歴史教科書の中で、
 私たちが「つくる会」主導の扶桑社版を批判したのは、この
 教科書が日本の歴史の光の面を強調しながら、影の部分を
 おざなりにしており、その落差が他社の教科書に比べてあまりに
 も際だっていると考えるからだ。 検定に合格させるなとか、
 販売をやめろと主張したわけではない。問題があると判断して、
 論評しただけである。それが、なぜ「言論の封殺」になるのか。
 封殺という言葉の意味をご存じなのかと疑いたくなる。
 多様な教科書を望むことと矛盾する、というのも奇妙な論法で
 ある。教科書は多様な方がよい、ということは、どんな内容でも
 批判が許されない、ということではない。


『それがなぜ「言論の封殺」になるのか』というと、今が教育委員が採用する教科書を選考している最中で、朝日が全国紙という巨大メディアだからだ。朝日新聞はまず自分の影響力を知るべきだ。
『他の教科書に比べてあまりに際だ』ちすぎていないから検定に合格したのだ。国が定めた『多様な教科書』の範囲内に収まっていると判断されたから許可されたのだ。どうやら、朝日の『多様』の範囲は国のそれよりも大幅に狭いらしい。それで竹島については検定が厳しすぎると批判しているのだから、笑い種にもならない。

 

産経社説は、一社だけを批判するのは自由な言論を封殺する
 ものだという。しかし、数ある新聞の中で朝日新聞をしばしば
 集中的に批判してきたのは、ほかならぬ産経新聞や同社の月刊
 誌「正論」ではないか。それでも私たちは「言論の封殺」などと
 思ったことはない。


新聞という強大なメディア媒体を持つ新聞社と、一出版社の一教科書を同列に扱っていること自体が驚きだ。しっかりしろ、朝日。

 

朝日社説が産経新聞について「自らがかかわっている教科書を
 自社の紙面で宣伝してきたと言われても仕方あるまい」と書いた
 ことに対し、産経社説は「完全な事実誤認」と反論した。
 当初は産経新聞が教科書を発行し、扶桑社が発売する予定
 だったが、その後、扶桑社に一本化されたという。それは
 そうかもしれないが、産経新聞は同じフジサンケイグループに
 属する扶桑社の株主ではないか。当初の経緯からも「かかわり」
 がないとは言えまい。 6日の産経新聞は、特集面で慰安婦、
 南京事件などの項目ごとに出版社の名をあげて問題点を指摘
 した。その一方で扶桑社版の記述については評価ばかりだ。
 これは立派な後押しではないか。


どうやら、なんとしてでも朝日の教科書批判にたいする産経の非難は扶桑社とのつながりのためだとしたいらしい。そして、そっちに話題を逸らしたいようだ。問題はそこではなく、大きな影響力を持つメディアが検定に合格した教科書を、教育委員の選択肢から外さんという明確な意図を持って紙面上で批判したということなのだというのに、全く朝日の話題逸らしにはあきれるばかりだ。話題を逸らすということは、後ろ暗い部分があるからということだろうから、その点で朝日は負けを認めたことになる。

と、以上が今回の社説バトルの顛末。結局は朝日はまともに産経の批判に答えないままに終始したという感じだろうか。朝日の左よりの主張はこの際置いておくとして、批判に対してしっかりと答えられないというのは、言論を武器とする新聞社としては一体どうなのだろうか。今回のことで、少しでも朝日新聞社の記者が自省し、今後少しでも良い記事を書くための肥やしとなればいいのだが、それはあまり期待できそうにもない…。

PS:Asahi.comは1週間分の社説しか見られないのはなんとかならないものか。Sankei Webが2か月分見られるのに対して、1週間前以前は有料というのはかなりケチだなーと思った。

(2005年7月15日追記)
船橋図書館焚書事件判決 朝日と産経が社説で論評 (murmurブログ)様より
図書館司書が勝手に蔵書である「つくる会教科書メンバー執筆の本」を焼き捨てた事件についての、朝日・産経それぞれの社説。やっぱわかってないな、朝日。

【関連サイト】
asahi.com
http://www.asahi.com/home.html
Sankei Web
http://www.sankei.co.jp/
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