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×雑記:“人狼”は人間の攻撃性を刺激するか

最近仲間内で流行っている人狼というゲームについて、面白い記事を見つけたので感想を。
その記事とは、【レポート】高学歴ホワイトカラーがハマる「殺人ゲーム」というタイトルで、中国の都市部において高学歴のいわゆるエリート階層の間で流行している「殺人ゲーム」について書かれたもの。文中に「殺人ゲーム」のルールなどに関する詳しい説明はされていないものの、

初期段階のゲームでは主役がマフィアと村人だったが、次第に、これが殺し屋と庶民になってきたという。

殺し屋として最大限自分の身分を隠し、絶え間なく嘘をつき、或いは相手の嘘を見破ったりしながら、表情や身振りを変えつつ演技し、あらゆる手段を講じて脅威となる人を取り除こうとする。最終的な目的は、自分以外のすべての人の殺戮。

このゲームに欠かせない道具は「仮面」だ。一旦これを被ると、「真夜中に起きたことのすべて」が隠されてしまい、推理するしかなくなってしまう。

などの表現から、人狼に近いルールのものであることは推測できる。
恐らくは、数人の村人の中に紛れ込んだ殺し屋を探し出すゲームなのだろう。

記事内では結びの文章として『名前そのものは恐ろしく響くが、そのゲームルールには論理的な分析や、コミュニケーション能力といったものを育む側面など、ある程度積極的な意義もあり、心理ゲームのカテゴリーに属する。』とまとめながらも、『その血まみれのゲームコンテンツが、暴力に向かう気分を刺激し、好戦的な風潮を煽る危険性を無視できない。』と、ゲームのルール自体が人間の攻撃性を高める危険性を持っていることを示唆し、『長期にわたり、このような雰囲気の環境に置かれていれば、利より害の方が大きいといえるだろう。』と全体的には否定的に見ているようだ。

「殺人ゲーム」が「人狼」と同様のものであると仮定した上で考えてみると、確かに「人狼」はある意味で“騙し”と“疑い”のゲームであるし、人狼側は生き残るためにあらゆる嘘をつき、村人側は自分以外の全ての参加者を疑うように義務付けられていると言える。そのルールは特定の参加者に「正直者」であることを否定させ、隣人を信じることを拒絶させる。

しかし、このゲームの本質はプレイしてみないことにはわからないだろう。なぜなら、このゲームは村人側になるか、人狼側になるかによってその様相をガラリと変えるからだ。
人狼側になった者は、確かに記事で言われている通り、如何に他人を騙し、上手く嘘をつき、他の者を陥れ、処刑から逃れるかという、実社会ではおおよそ美徳とされない行為を行わねば生き残れない。夜の間に自分にとって邪魔になりそうな参加者を殺し、或いはそれすらも自分から疑いを逸らすための武器とし、自分以外は全て敵、というある意味究極の悪人気分を味わうことができる。
だが村人側となった場合は(高い確率で参加者は村人になる)、その立場は一転する。
村人は言わば「名探偵」だ。
やるべきことは「身の潔白の証明」、「議論の誘導」、「行動の提案」、そして「説得」と「推理」。これらは実社会でも十分に是とされる行動であり、むしろ上の立場にある者にとっては必須技能とも言える。人狼になる確率より村人になる確率のほうが高いことを考えると、このゲームのメインはむしろこちら側であると言っていいだろう。
従って、あくまでも村人側の立場に立ってプレイする上では、人狼やそれに近い殺人ゲームは攻撃性というものとはほど遠いゲームであると断言できる。そもそも、このゲームにおける「死」とは単なる「ゲームオーバー」の代替記号であり、現実世界のそれとは重みが全く違う。

記事を書いた人は恐らく、「殺人ゲーム」について聞きかじっただけで、実際に何度かプレイしてみて記事にしたわけじゃないんだと思う。中国で行われているゲームがどのようなものであるかは想像するしかないが、もし人狼の亜種であるのなら、そこにあるべきは「謀略」ではなく「推理」であり、「欺瞞」ではなく「論理」のはずだ。そもそもあからさまな「嘘」がまかり通るほどこのゲームは簡単ではない。
何よりおかしいのは『都市部での普及とブームが、人々の殺人行為に対する罪悪感を希薄化する恐れすらある。』という一文だ。これでは「TVゲームで人を殺すことが普通になったせいで少年犯罪が凶悪化した」と嘯くどこかのエセ研究者と同レベルじゃないか。

ただ、いくつか記事に同意できる部分もある。
プレイしていて感じたことだが、このゲームは実際に参加者同士が顔をつき合わせてやるべきゲームではないように思う。
僕が仲間内でやる場合はお互いにそのゲームだけの使いきりの名前や性格などを設定し、誰が誰を演じているのかわからないような状態で行っている(いわゆるロールプレイ)。
この状態であれば、少なくともプレイ中は例えば自分を糾弾している参加者の向こう側に、実際のその人の顔を思い浮かべることはないし、ロールプレイだと割り切ってしまえばあとくされもない。
ただ、顔を晒し、自分の性格そのままにこのゲームに参加してしまうと、少しずつ鬱積や不満が溜まり、人間関係の軋轢を生み、それがそのうち爆発してしまうような人も出てくるんじゃないかと思う。そして、そのとき目の前に相手がいたら手を出してしまう人もいるかもしれない。
もちろん、普通の人間であれば全ての言動はゲーム内でのことと割り切り、後々に遺恨を残すようなことはありえないのだが、中には精神が未熟で「ゲームであいつに疑われたせいで殺された」と逆恨みする者も出てこないとも言い切れない。不特定多数が集まる“カフェ”のような場所ならなおさらだ。
そういう意味では、直接的に攻撃性を助長するとは言わないまでも、間接的に参加者の潜在的な暴力性を誘発する危険性はあるかもしれない。そして、そのような暴力沙汰を出さないようにするためにも、こういう“カフェ”ではなく、オンライン上でプレイするのがこのゲームの一番正しいやり方なんじゃないかと思う。

また、短時間でのプレイになると、どうしても理論誘導よりも印象操作によって簡単に他人を陥れやすくなる。よって、より理論的にこのゲームを楽しみたいのであれば、人狼BBSのような1プレイに数日かけるようなものが一番いいだろう。少しとっつきにくいのが難点だけど、ログなどを読んでみるとかなり楽しそうでもある。
この記事を書いた記者には、こういうものの存在も知って欲しいものだ。
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コメント


うーん、すんげぇ興味はあるんだが、なんか取っ付き難いんだ。まぁ、単純にややこしいから面倒なだけなんだがw確かにこの手のゲームは、ROなんかでやるのが一番いいかもね。

by: げー * 2006.06.28 23:53 * URL [編集]


ルール覚えるまでは確かに面倒かもね。一回やってみればすぐ掴めるんだが。

by: Neo * 2006.06.29 22:27 * URL [編集]


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