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×雑記:竹島問題

3月16日の島根県議会の「竹島の日」制定から、日韓の領土問題である竹島問題がメディア等で大きく取り扱われるようになり、フジvsライブドアの対決に次ぐ国民の関心事となっている。
昨年に日本で流行した冬のソナタに端を発した韓流ブームや、同じく昨年の一月一日から実施されている、韓国政府の第4次日本文化開放政策などで、文化面での日韓の関係は非常に良好だと言えるだろうが、この竹島問題での韓国国民のヒステリックとさえ感じるほどの反日感情の高まりによって、日韓の先行きの雲行きが少し怪しくなってきているようだ。
というわけで、今日は竹島問題について考えてみようと思う。
竹島について論じられているサイトというのは意外に少ないが、竹島問題さんやWikipediaの竹島の項目が特に詳しかったので、その2つのサイト様を中心に情報を集めて以下のようにまとめた。

歴史的観点
竹島問題を論じる時にまず考えなければならないのは、歴史的に見て竹島が日韓どちらの領土とされてきたかということだろう。国際的に国家が自国の領土について定める場合、その領土を一番最初に発見し、占有していたということがとても重要だ。それでは、竹島について両国はどのように主張しているのか。

韓国側は、今から1500年ほども昔の512年、竹島(韓国名:独島)はすでに韓国領に編入されたと主張している。それは1145年に高麗の金富軾によって書かれた三国史記という書物に、要約すると以下のような記述がなされていることを理由としている。

 512年の6月、于山国が服属してきた。于山国は現在の江原道の
 真東の海上にある島国で、またの名を鬱稜島という。


韓国側はこの于山国には鬱稜島と竹島(当時は于山島と呼ばれていた、と韓国は主張)が含まれ、そのため512年にはすでに竹島は韓国領となっていた、というわけだ。

続いて日本の主張を見てみよう。
日本が初めて鬱稜島及び竹島への渡航許可を出したのは、1656年のことである。それ以前にすでに鬱稜島は漁業の中心地として、また竹島は鬱稜島への中継地として知られており、はっきりと特定はできないが、17世紀の初めにはすでに鬱稜島及び竹島の実効支配はなされていたと考えるのが妥当である。また、1618年の時点ですでに渡航許可が出されていたという文書も残されている。
その後、安龍福の拉致事件などを経て鬱稜島は韓国の領土とされたが、その時竹島も一緒に韓国領となったという記述はどこにも見当たらない。その後、竹島は日本の領土の一部として扱われてきた。

以上が竹島についての両国の歴史的見解だ。これだけを読めば「竹島はやっぱり韓国が最初に発見し支配したのではないか」と思ってしまうかもしれないが、実際のところ韓国側の主張には矛盾点が数多く存在している。以下代表的な事項を挙げてみた。

・1530年韓国で発行された八道総図では、于山島は鬱稜島の
 西に書かれており、しかも鬱稜島に近い大きさである。
 (実際の竹島は東にあり、0.2平方㌔しかない小さな島) 
・1417年の太宗実録で初めて于山島という名が登場するが、そこ
 に『その島には15戸の家があり男女併せて86人の住民がいる』
 と書かれている。(繰り返しになるが竹島の面積は0.2平方㌔)
・1452年の高麗史地理志に、鬱稜島は新羅時代には于山国と
 呼ばれていた、という記述がある。

これでおわかりいただけるだろうが、つまり三国史記に記された于山国には竹島は含まれておらず、于山島というのは当時の鬱稜島のことだったというのが正しい認識と言えると思う。
以上より、歴史的に見て竹島を最初に発見し実効支配したのは韓国ではなく日本だったというのが正しい解釈である。

1905年、当時の日本政府はそれまで松島と呼ばれていた竹島を正式に改名し、島根県の一部として編入する決定を下した。これにより、竹島は正式に日本の領土の一部となったわけだが、ここでも、韓国側はそれが以下の点で不当なものであり、竹島編入は無効だったと主張している。

竹島は韓国の領土であったのに日本によって強奪された
・編入は秘密裏に行われたもので、無効である

では実際にはどうだったのだろうか。
まず、竹島は韓国の領土であったという主張は上で説明の通り、韓国側の歴史的認識の歪曲によるもので、竹島は編入以前に韓国の領土であったという歴史的事実はないことは明白だ。そして秘密裏に行われた、というこだが、実際は当時の新聞にもしっかりと編入についての記事も載っており、公然となされたことは間違いがないことだ。
以上により、韓国側の主張は完全に間違いで、1905年時点での竹島の編入は国際法に照らしてもなんら問題のない行為だったと考えることができるのである。

実際のところ、ここまでの間に竹島が日韓両国間で領土問題として持ち上がったことはなかった。お互いに何の問題もなく、竹島は日本の領土だと了解しあっていたのだ。
これが崩れるのは、二次大戦後にGHQがSCAPIN667という覚書を出したことから始まる。この覚書は二次大戦後の日本の領土を定めたもので、それによって鬱稜島、済州島と共に竹島も日本の領土から除外さたのである(除外されただけで、韓国領とされたわけではない)。そしてその後出されたSCAPIN1033によって所謂マッカーサーラインが定められた。ここで注意してもらいたいのは、この両覚書にはそれぞれ以下の文言が断り書きとして明記されていることだ。

・この指令中のいかなる規定もポツダム宣言の第八条に述べられ
 ている諸諸島の最終的決定に関する連合国の政策を示すものと
 解釈されてはならない
・この認可は、関係地域またはその他どの地域に関しても、
 日本の管轄権、国際境界線または漁業権についての最終決定
 に関する連合国側の政策の表明ではない

つまり、この両覚書による竹島の処遇は暫定的なもので、必ずしも日本の領土を完全に定義付けるものではないということだ。
これは、それぞれ68年と72年に返還された小笠原諸島と琉球諸島もマッカーサーラインの外に置かれていたことからも明らかだ。

しかし当時の韓国大統領の李承晩は、このマッカーサーラインを根拠にして日本船の立ち入りを許さない海域を定めて一方的に線引きを行い、侵入した日本船を拿捕したり銃撃したりした。それが李承晩ラインである。
その後1965年にラインが廃止されるまでの12年間に抑留された日本人は3929人、拿捕された船は328隻、死傷者は44人に上る。
1954年、日本政府はこの問題を国際司法裁判所に提訴。しかし現在に至るまで韓国政府はこれに応じていない

以上が竹島を巡る日韓両国の歴史的認識とその顛末だ。

・経済的観点
韓国では竹島の問題は歴史的な問題、特に日本が過去に行った植民地政策と結びつけて考えられることが多いが、日本人にはそれよりも竹島を奪われることによって起こる経済的な損失のほうが大きな問題だと考える人が多い。
実際、竹島周辺の海域は海産資源と地下資源の豊富な場所で、竹島がもたらす経済的効果は看過できないものがある。

だが実際のところ、1965年12月に結ばれその後日本政府によって破棄された日韓漁業協定によって、お互いの沿岸部から12海里の海域以外は共同規制水域として長い間定められていた。
協定では、この海域内での漁業規制は基本的に各々の船舶の旗国が施すとされていたが、韓国政府は特に規制を設けてこず、その為韓国漁船による乱獲が続き、海産資源の枯渇が懸念されてきた。その後1982年に国連で国連海洋法条約が採択され、200海里の排他的経済水域が国際常識化する中で、ようやく日韓漁業協定が見直されはじめた。しかし韓国政府はこれを堅持することを強く望んだため、日本政府はついにこれを一方的に破棄し新日韓漁業協定を新しく定めるテーブルに韓国側を無理やりつかせた。そうして新協定が締結されたのが1999年の事だった。
新日韓漁業協定の要旨を簡略化して説明すると以下の通り。

・日韓両国の排他的経済水域内では、その沿岸国が相手国の
 漁獲割当量や操業条件を規定し、取り締まることができる。
・日本海中部や九州西方沖などの一部の海域では、日韓共同
 漁業委員会の協議の結果に基づき、両国がそれぞれの国の
 漁船に対して資源管理の為に必要な措置を取る。

・総括
歴史的観点から見て竹島を論じた時に、日本側の明確な資料に基づいた客観的な指摘に対して、韓国側は冷静に応えることができないでいる。90km以上も離れた鬱稜島から竹島がよく見えると物理的にありえないことを言ってみたり、日本側の資料を全て捏造だと決めつけたりと、まともな議論を避けるような動きさえ一部ではあるほどだ(それは一部の日本人にも言えることだが)。
だが現在出揃っている資料を基に判断すると、どう考えても竹島は古来からの日本の領土だったと考えるしかないように思う。それではなぜ、韓国国民はこれほどまでに強く「独島(竹島)は古来から韓国の領土で、現在も韓国領だ」と信じるのだろうか。
これには韓国の教育制度が大きく影響を与えていると思われる。韓国の学校は、一種類の国定教科書しか使用することができず、その内容は日本の植民地支配の時代について大きくページを割き非常に反日感情を煽るような表現で記述されている。また竹島については小学校の低学年の頃から教えているらしい。
これによって、ほぼ全ての韓国国民は幼い頃から反日的な感情を植えつけられ、そして竹島の問題はその象徴として取り上げられることとなったのだろう。それ以外にも韓国人独特の気性である鬱火病(ファビョン)も影響しているだろうが、詳しい説明は割愛。

最後に、この問題を解決し両国のよりよい将来を築くためには
どうすればよいのか、考えてみようと思う。
現在竹島は韓国警察(軍みたいなものだが)によって占領され、年々韓国政府による既成事実化が進んでいる状態だ。このままいけば、考えたくはないがいづれ力ずくで竹島は韓国の領土に取り込まれてしまうかもしれない。
だが、その一連の行為は国際法から完全に逸脱しており、国連加盟国として、また国際社会の一員として全く恥ずべき行為だということを、韓国政府はしっかり認識しなければならない。
その上で公正な立場からの判断を国際司法裁判所に付託し、その決定に従うというのが最も正当な解決法だと言えるだろう。
ここで問題なのは、国際司法裁判所は両当該国からの申請がなければ、その問題についての審議を行えないということだ。日本政府は既に(50年近くも前に)国際司法裁判所への申し立てを行っているので、韓国政府は一刻も早くそれに応じるべきだ。
「一点の曇りもなく竹島は韓国領である」と信じているのなら、国際司法の場で客観的かつ公平に裁かれることに異議があるはずがない。まず平和的な解決に向けて一歩踏み出してほしい。

非常に長くなってしまったが、国際的な基準によってこの竹島問題が早期に解決されることを祈るばかりだ。

【関連サイト(参考文献)】
竹島問題に関する外務省の見解
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/
かえれ!竹島
http://www.pref.shimane.jp/section/takesima/top.html
竹島問題
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/
Wikipedia-竹島(島根県)
http://ja.wikipedia.org/wiki/竹島_(島根県)
日韓漁業協定
http://list.room.ne.jp/~lawtext/1965T026.html
平成11年版海上保安白書 第1部 第3章
http://www.kaiho.mlit.go.jp/info/books/h11haku/1-3.htm
竹島の領有権問題
http://www.php.co.jp/THE21/kokusai/takesima.html
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